掃除を終えて、換気の為に開けていた窓を閉める。急いでストーブのスイッチを入れるけれど、部屋全体があたたまるまでにはまだ時間が掛かりそうだった。ストーブの前に陣取って身体を震わせる三郎に、兵助は苦笑する。

「だからもっと早くやっておけば良かったのに」
「うるさいなっ」

常日頃から整理整頓を心がける兵助と違い、三郎は気を抜くと部屋が雑多なもので埋め尽くされる傾向がある。特に今回は大学の試験やレポートで使った資料やノートがあちこちに散らばり、けれどどうせ年末に片付けるし、と思っていたらとんでもないことになっていた。おかげで掃除は大晦日までかかり、兵助まで手伝いに借り出された。
他のところを早めに掃除しておいて良かった、と兵助はひとりごちる。

「床にじかに座ってたら余計冷えるだろ。こっちおいでよ」

下に柔らかいマットを敷いたローテーブルの前に座り、兵助は三郎を手招く。ソファなどないから、どちらにせよ床にじかに座ることになるが、フローリングの上に直接座るか、間にマットが入るかで多少違いがあるだろう。
三郎は温風を吐き出すストーブと兵助の顔を見比べ、ストーブを未練がましそうに見ながらも兵助の招きに応じてやってくる。
それから天板がガラスになっているローテーブルを忌々しげに睨んだ。

「来年はこたつ買おう、こたつ」
「去年もそう言ってなかったか?」
「そうだっけ」

記憶を探るように首を傾げていた三郎は、けれどすぐに「まぁいいか」とそれを放棄した。

「そんなにこたつが欲しいなら、来年と言わず今から買いに行くか?」
「今からは、やだ。寒いし」
「寒いから欲しいんだろ?」
「掃除終わったばっかなのに、何でまたすぐに精力的に動かなきゃなんねぇの!?絶対嫌っ。俺は家の中でぬくぬくしたい!」
「三郎が良いなら俺は良いけどね」

叫ぶ三郎に苦笑して、兵助は立ち上がると台所へと向かった。へーすけ?と不思議そうに己の名を呼ぶ声を聞きながら、鍋に牛乳を入れ、火にかける。
台所でごそごそと何かを始めた恋人の背中を、何となしに眺めていた三郎は、ふと甘い匂いが漂ってきたことに気づいて鼻をひくつかせた。しばらくして戻ってきた兵助の手には二つのマグカップがあり、甘い匂いはそこから漂ってきている。
熱いから気をつけて、との言葉と共にマグカップを受け取った三郎は、手に伝わるぬくもりと、カップの中身を見て嬉しそうな声を上げた。

「おおー、ホットココア!」
「ココアの粉がまだ残ってたから。ホットミルクより、こっちのが良いんだろ?」
「ホットミルク、アンドはちみつなら許すけどな。ん、あまーい」

至福の表情と共に、語尾にハートがつきそうな調子で言われて、三郎の向かいに腰を下ろした兵助は、軽く肩をすくめる。

「お前のは?お前のもココア?」
「まさか。作るだけで俺には充分。俺はいつものコーヒー。ついでに言うなら糖分ゼロのブラックコーヒー」

ほら、とマグカップの中を見せられた三郎は、うへぇと顔をしかめた。

「ないないこの黒さは絶対俺にはありえない。よく平気で飲むねお前。…ん?あれ?これ匂いがインスタントっぽい」
「ぴんぽーん。面倒だからインスタントにした」
「ふぅん」

自分のはインスタントでも、俺のはちゃんと牛乳を鍋であっためるところからやってくれるのね、と。 そんなところに愛情を感じて、三郎は赤くなった頬をマグカップからの湯気で隠しながら、出来るだけ平素通りの相槌を打った。例えそれが相手に簡単に看破されしまう程度の努力だと分かっていても。 案の定、兵助を見ればやわらかい眼差しで三郎を見ていた。
ここは何か兵助の意表をつくことをしなければ、俺の名が廃る。と妙な使命感に燃えて、三郎は甘いココアを飲みながら思考をめぐらせた。やがて思いついたことにニヤリと笑う。

「へーすけくーん」
「何だ気持ち悪い声出して。タカ丸さんの真似か?…って、は?ちょっ、三郎!?」

危ない、と自分の持っていたマグカップを庇う兵助の足の間へと三郎は身体を割り込ませ、兵助の胸に背中を預ける体勢になる。
それからさっきまでテーブルの自分のいた側に置いてあったマグカップを、少し身を乗り出して取り、再び兵助の胸に背中を預けた。

「…ったく、いきなりだな、お前は」
「ふっふっふー。こうすれば俺もお前もあったかくて一石二鳥だ!」
「そうか?」
「何だよ、あったかくないのか?」
「いや、あったかいと言えばあったかいけど」

確かに触れ合った箇所からじわりと体温が伝わってきて、あたたかいのだけれど。

(身動きしづらい上、コーヒーが飲みにくいんだけどなぁ…)

心の中で呟くものの、楽しげな三郎に「…まぁいいか」と思ってしまうところが、兵助が兵助たる所以かもしれない。
飲むことを諦めたコーヒーはテーブルの上に置き、三郎の腹のあたりに手を回して身体を受け止める格好をつくってやる。

「よし兵助。今年最後のいちゃラブすることを許してやるぞ」
「いちゃラブ、ね」

それじゃあ存分にいちゃいちゃラブラブしますか。
抱きしめる腕に少し力を込めて、兵助は恋人の首筋にそっと口付けを落とした。


志信